第41回 姉妹激突!
慶長19年(1614)、江戸城では、江(上野樹里)と福(富田靖子)の徳川家の跡継ぎをめぐる
争いが続いていた。
一方、秀忠(向井理)は、家康(北大路欣也)による打倒豊臣の動きを察し、秀頼(太賀)
に「共に泰平の世を築こう」と文を書く。
そのころ上方では、秀頼と淀(宮沢りえ)が、方広寺の大仏殿建立をはじめとする、秀
吉供養のための寺社造営を行っていた。大野治長(武田真治)は、「家康が寺社の造営修
復を奨励するのは豊臣の財力をそぐためではないか」と憂慮する。
そんななか、ついに家康が動き出す。豊臣が方広寺に鋳造した鐘に、徳川に対する呪
詛(じゅそ)の文字が刻まれていると抗議してきたのだ。言いがかりとしか思えない家康
の行いに、怒り心頭の豊臣方。片桐且元(三田村邦彦)は、「ここは弁明に努めるべき」
と主張し駿府へ赴く。
さらに淀は、乳母の大蔵卿局(伊佐山ひろ子)を駿府に派遣する。家康は大蔵卿局には
直接会い「心配することはない」と伝え、且元には家臣を通じて「大坂城を明け渡すか
、秀頼もしくは淀を人質として江戸に送るか、いずれかひとつ」と無理難題を突きつけ
た。淀は且元が徳川に寝返ったと疑い、身の危険を感じた且元は大坂城を出ることに。
これを聞いた家康は「豊臣は話し合いを拒んだ」とし、諸大名に出陣を命じた。心配
する江に、秀忠は「天下泰平のために力を尽くしてみる」と言い残し、出陣するのだっ
た。
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秀忠(向井理飾)與江(上野樹里飾)一直希望德川與豐臣不要開戰,甚至寫信向秀賴(
太賀飾)表明日後關白與將軍並立,以創太平之世的決心。然而此時家康(北大路欣也飾
)卻以豐臣家興建的方廣寺的寺鐘鐘銘不吉為由,刁難豐臣家。豐臣家派出片桐且元(三
田村邦彦飾)去說明,家康卻故意讓且元枯等。
而等不到且元回來的豐臣家,另派出茶茶(宮澤理惠飾)的奶娘大藏卿局前去解釋,家康
卻出面盛情款待,還說絕無輕視豐臣家之意。聽到如此答案的豐臣家正要放下心來時,卻
見神色緊張的且元回來,並帶著德川家要求交出大坂城或交出秀賴或茶茶為人質的答案回
來...
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慶長19年(1614)、江戸城では、江(上野樹里)と福(富田靖子)の徳川家の跡継ぎをめぐる
争いが続いていた。
一方、秀忠(向井理)は、家康(北大路欣也)による打倒豊臣の動きを察し、秀頼(太賀)
に「共に泰平の世を築こう」と文を書く。
そのころ上方では、秀頼と淀(宮沢りえ)が、方広寺の大仏殿建立をはじめとする、秀
吉供養のための寺社造営を行っていた。大野治長(武田真治)は、「家康が寺社の造営修
復を奨励するのは豊臣の財力をそぐためではないか」と憂慮する。
そんななか、ついに家康が動き出す。豊臣が方広寺に鋳造した鐘に、徳川に対する呪
詛(じゅそ)の文字が刻まれていると抗議してきたのだ。言いがかりとしか思えない家康
の行いに、怒り心頭の豊臣方。片桐且元(三田村邦彦)は、「ここは弁明に努めるべき」
と主張し駿府へ赴く。
さらに淀は、乳母の大蔵卿局(伊佐山ひろ子)を駿府に派遣する。家康は大蔵卿局には
直接会い「心配することはない」と伝え、且元には家臣を通じて「大坂城を明け渡すか
、秀頼もしくは淀を人質として江戸に送るか、いずれかひとつ」と無理難題を突きつけ
た。淀は且元が徳川に寝返ったと疑い、身の危険を感じた且元は大坂城を出ることに。
これを聞いた家康は「豊臣は話し合いを拒んだ」とし、諸大名に出陣を命じた。心配
する江に、秀忠は「天下泰平のために力を尽くしてみる」と言い残し、出陣するのだっ
た。
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秀忠(向井理飾)與江(上野樹里飾)一直希望德川與豐臣不要開戰,甚至寫信向秀賴(
太賀飾)表明日後關白與將軍並立,以創太平之世的決心。然而此時家康(北大路欣也飾
)卻以豐臣家興建的方廣寺的寺鐘鐘銘不吉為由,刁難豐臣家。豐臣家派出片桐且元(三
田村邦彦飾)去說明,家康卻故意讓且元枯等。
而等不到且元回來的豐臣家,另派出茶茶(宮澤理惠飾)的奶娘大藏卿局前去解釋,家康
卻出面盛情款待,還說絕無輕視豐臣家之意。聽到如此答案的豐臣家正要放下心來時,卻
見神色緊張的且元回來,並帶著德川家要求交出大坂城或交出秀賴或茶茶為人質的答案回
來...
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